ひと騒動終わり、菜々美〈ななみ〉と弥生〈やよい〉は帰っていった。
沙耶〈さや〉にも帰るよう言ったが、どうしても首を縦に振ろうとしなかった。「さて……」
深雪〈みゆき〉が口を開いた。
「私もそろそろ御暇〈おいとま〉するが、小鳥〈ことり〉くんに沙耶くん、君たちはここで寝るつもりかね」
「はい」
「無論だ。遊兎〈ゆうと〉をこのまま置いてはおけぬ」
「微熱まで下がったとはいえ、彼の症状はインフルエンザだ。うつったら事だぞ」
「大丈夫です。私、予防接種は受けてます」
「同じくだ。それに例え受けていずとも、病ごときを理由に所有物を見捨てることなど出来ぬ」
「全く……君たちは」
深雪が苦笑した。
「いいだろう。だが、しっかりうがいをするように。あと寝る前に一度、部屋を換気しておきたまえ。少し寒いが、空気を入れ替えておいた方がいい」
「色々ありがとうございました」
小鳥が頭を下げた。
「ではまた明日、様子を見に来させてもらうよ。少年、ゆっくり休むことだ。油断したらまたぶり返すからね。あと、食欲がある時にしっかり食べておきたまえ。こういうのは体力勝負だ」
「落ち着いたら、改めてお礼にうかがいます」
「楽しみにしてるよ。じゃあ」
玄関先までついてきた小鳥の肩を叩いて微笑むと、深雪は部屋に戻っていった。
* * *
その後、小鳥と沙耶は一緒に風呂に入った。
湯船につかると、疲れがどっと出てくるのが分かった。「小鳥よ。随分と疲れているようだな」
「そういうサーヤこそ。自慢のお肌に荒れが見えるよ」
「何をいうか。私の美貌は、これぐらいでどうこうなる物ではない」
「ふふっ。でも悠兄〈ゆうにい〉ちゃん、元気になってよかったよ」
「そうだな。やつのあんな姿、あまり見たくはないものだ」
「私たちって
日曜日。 同じマンションの住人として、親睦も兼ねて夕食に招待したいとの深雪〈みゆき〉の申し出で、悠人〈ゆうと〉は小鳥〈ことり〉、沙耶〈さや〉、弥生〈やよい〉と共に深雪の部屋を訪れた。 ほのかに灯る青い光。部屋の色調は基本黒。自分の好みにあったその雰囲気に、悠人は思わずため息を漏らした。 * * *「適当に座ってくれたまえ。ちょうど料理も出来たところだ」 悠人たちはふたつ並べられた丸テーブルの周りに、それぞれ腰を下ろした。小鳥は深雪のそばに行き、「手伝いますね」 そう言って笑った。 小鳥のあんな安心した顔、悠人は見たことがなかった。あの日から深雪は小鳥にとって、安心感を与えてくれる存在になったのだろう。そう感じ嬉しく思った。 弥生は部屋の薄暗さに慣れていないせいか、どことなく落ち着かない様子だった。対照的に沙耶は何か気になるのか、部屋を眺めては考え込んでいた。 そうこうしている内に、深雪と小鳥が料理を運んできた。黒いテーブルに並べられる真っ白な皿は、どことなく気品を感じる物だった。皿にはシチューが、そして悠人の体調を気遣ってか、雑炊が盛り付けられていた。「おいしそうですね」「で……私はこれをやるのだが、少年はどうする?」 赤ワインの入ったグラスを手に、深雪が悠人に尋ねる。「すいません、俺は」「まだ本調子じゃないかね?」「ではなくて……」「悠兄〈ゆうにい〉ちゃんは、お酒飲めないんです」「なんとまあ……少年、人生を損しているね」 深雪が小さく笑った。「乙女たちは、みな未成年だったかな」「でわでわ深雪さん、私めがお相手させていただきます」 眼鏡をキラリと光らせ、弥生が深雪の隣に座った。「私は無事、成人に昇格しておりますので」
ひと騒動終わり、菜々美〈ななみ〉と弥生〈やよい〉は帰っていった。 沙耶〈さや〉にも帰るよう言ったが、どうしても首を縦に振ろうとしなかった。「さて……」 深雪〈みゆき〉が口を開いた。「私もそろそろ御暇〈おいとま〉するが、小鳥〈ことり〉くんに沙耶くん、君たちはここで寝るつもりかね」「はい」「無論だ。遊兎〈ゆうと〉をこのまま置いてはおけぬ」「微熱まで下がったとはいえ、彼の症状はインフルエンザだ。うつったら事だぞ」「大丈夫です。私、予防接種は受けてます」「同じくだ。それに例え受けていずとも、病ごときを理由に所有物を見捨てることなど出来ぬ」「全く……君たちは」 深雪が苦笑した。「いいだろう。だが、しっかりうがいをするように。あと寝る前に一度、部屋を換気しておきたまえ。少し寒いが、空気を入れ替えておいた方がいい」「色々ありがとうございました」 小鳥が頭を下げた。「ではまた明日、様子を見に来させてもらうよ。少年、ゆっくり休むことだ。油断したらまたぶり返すからね。あと、食欲がある時にしっかり食べておきたまえ。こういうのは体力勝負だ」「落ち着いたら、改めてお礼にうかがいます」「楽しみにしてるよ。じゃあ」 玄関先までついてきた小鳥の肩を叩いて微笑むと、深雪は部屋に戻っていった。 * * * その後、小鳥と沙耶は一緒に風呂に入った。 湯船につかると、疲れがどっと出てくるのが分かった。「小鳥よ。随分と疲れているようだな」「そういうサーヤこそ。自慢のお肌に荒れが見えるよ」「何をいうか。私の美貌は、これぐらいでどうこうなる物ではない」「ふふっ。でも悠兄〈ゆうにい〉ちゃん、元気になってよかったよ」「そうだな。やつのあんな姿、あまり見たくはないものだ」「私たちって
ドアを開け、深雪〈みゆき〉と小鳥〈ことり〉が外に出た。 小鳥の目は真っ赤になっていた。「落ち着いたかね」「はい……すいませんでした。いっぱい泣いちゃって」「気にすることはない。辛い話だったからね」「いえ……ほんと、聞いてくれてありがとうございました。それに深雪さんのこと……話まで聞かせてもらって」「いや、聞き苦しい話ですまなかった。他人にここまで話したのは初めてだったのだが、私も少し心が軽くなったようだよ」「本当にありがとうございました」「大丈夫かね?」「はい。おかげで少し、楽になりました」「今日の話は二人の秘密だ。誰にも言わないから安心したまえ。じゃあ、少年のところに戻るとしよう」 そう言って二人が階段を上った時、エレベーターが開いた。「小鳥ちゃん?」「菜々美〈ななみ〉さん」 中から、大きな袋を持った菜々美が現れた。「小鳥ちゃん、悠人〈ゆうと〉さんは? 具合はどう?」「お見舞いに来てくれたんですね」「うん。迷惑だって分かってるんだけど、どうしても気になっちゃって。寝てるようなら、これだけでも置いていこうと思って」「わざわざすいません」「小鳥くん、こちらの女性は?」「悠兄〈ゆうにい〉ちゃんの会社の方で、白河菜々美さんです。菜々美さん、こちらは木之本深雪さん。下の階の方で、看病を手伝ってくれたんです」「はじめまして」「なるほど。君が会社の」「その声……今朝、電話で」「ふむふむ、君も少年病の患者の一人か。いやはや、少年は罪深いね」 そう言って、深雪が小さく笑った。 * * * 中は何やら騒がしいようだった。大きな物音と悠人の声が聞こえる。「悠人さん、起きてるみた
一時間後。 深雪〈みゆき〉が点滴を外しにやってきた。「本当、お世話になりました」「気にすることはないさ。病人はいらぬ気を使わず、しっかり休むことだ。それより……」 深雪が、悠人〈ゆうと〉の右手をつかんだまま眠っている小鳥〈ことり〉に目をやった。「なかなか起きないね。君が倒れたのが、余程ショックだったんだろう」「……」「しかし、いつまでもこのままと言う訳にはいくまい。彼女まで病気になってしまう」 そう言って深雪は、小鳥の肩を揺らした。「小鳥くん」 しばらく揺らすと、小鳥が静かに目を開けた。泣き過ぎたせいか、目が少し腫れていた。「……悠兄〈ゆうにい〉ちゃん!」 目覚めると同時に、悠人にしがみつく。「大丈夫? 苦しくない?」 小鳥の大きな瞳から、また涙があふれてきた。「大丈夫だよ」 悠人より先に深雪が答えた。「君も聞いただろ。彼の症状はインフルエンザだ。適切な処置も済ませたし、問題ないよ」「ほんとに」「ああ本当だ。季節外れだから驚くのも無理ないが、よくあることだよ。疲れや寝不足で、抵抗力がなくなってたんだろう。あと二日も休んでいれば治るさ」「心配かけたな」 そう言って、悠人が小鳥の頭を撫でた。「健康には気をつけてるつもりだったんだけどな。みっともないところを見せちまったよ」「ほんとに大丈夫なんだよね。休んだら元に戻るんだよね」「大丈夫だ。デートでも何でもまかせてくれ」「……」 小鳥が肩を震わせ、ひっくひっくと泣きながら悠人の腕にしがみつく。「モテモテだね、少年」 深雪が意地悪そうに微笑む。「気に入らないぞ、遊兎〈ゆうと〉よ」 小鳥の反対側で、黙って座っていた沙
「……」「気がついたかい、少年」「え……」 見知らぬ女が、そう言って自分を見つめていた。 * * * 悠人〈ゆうと〉がぼんやりとした頭で、状況を把握しようとする。 自分の部屋の天井が見える。と言うことは、ここは俺の家だ。 左手が動かしづらい。その上にあるものを見て納得する。どうやら点滴をされているようだった。 そうだ。俺、急に吐き気がして……トイレで吐いて……「小鳥〈ことり〉は!」「君の隣だよ」 女がそう言った。 頭を動かすと、自分の手を握って眠る小鳥が目に入った。悠人がほっとした様子で微笑む。 小鳥の頬には、涙の跡が幾筋も残っていた。 まだぼんやりしていた。目が回り、息が熱い。「タオルを変えよう」 女がそう言って額のタオルを取り、台所に歩いていった。「……すいません、その……お世話になったみたいで……」「気にすることはない。これも何かの縁だろう」 タオルを絞って戻ってきた女が、悠人の額にそっと乗せた。「あの、それで……」「私は深雪、木之本深雪〈きのもと・みゆき〉だ。ここの下の住人だ」 そう言われて悠人は、見覚えがあることを思い出した。何度かエレベーターで一緒になっていた。「しかし驚いたよ。エレベーターに乗ろうとしたら、中に少女がいた。見たら小鳥くんだ。ああ、小鳥くんとは以前、そこの堤防で会ってるんだ。 小鳥くん、様子が尋常じゃなかった。泣きながら私の顔を見て、しがみついてきた。混乱している小鳥くんに困っていたら、小鳥くんの後にいた金髪少女が説明をしてくれた。沙耶〈さや〉くん……だったね。彼女の話で、君が嘔吐したままトイレから出てこないと言うことが分かった。 申し訳なかったが部屋に入らせてもらい、トイレの扉をこじ開けさせてもらった」「こじ開けた……」「ああ。鍵がかかっていたからね、悪いが破壊した。恐らく君は、彼女たちに情けない姿を見せたくないと思い、無意識に鍵をかけたんだろう。しかしこんな時に鍵をかけるのは、無謀だぞ」「ははっ……」「とにかく開けると、君は便器を抱えたまま気を失っていた。その君を布団に運ぶのには往生したよ。小鳥くんは混乱して、泣きながら君から離れない。熱を測ったら39度越えだ。すぐに近所の医者に電話をして、来てもらった訳なんだが……おめでとう。季節外れのインフルエンザだそうだ」「
小百合〈さゆり〉がサークルの先輩、柴田和樹〈しばた・かずき〉と交際を始めてから、5年の歳月が流れていた。 悠人〈ゆうと〉は大学卒業後、物作りに興味があったこと、必要以上に人と関わる必要がないこと、自分の時間を確保できること、そういった理由から、自宅から電車で一時間ほどのところにある金型工場に就職していた。 毎日が平凡。 しかし悠人にとって、それこそが望んでいたものだった。職場で鉄の塊と向き合い、僅かな寸法との妥協なき戦いを楽しみながら、プライベートで自分の世界を更に深く追求していった。 小百合とはあれ以来、ほとんど会うことがなかった。 そして風の噂で、大学を中退し結婚したことを知った。 悠人は今なお、あの日から前に進むことが出来ずにいた。 一番近くにいた、一番大切だった存在。それが一瞬にして、手の中からこぼれ落ちていった。あの時に出なかった勇気が、全てを変えてしまった。 自分にとって、小百合は大切な家族。家族なら離れ離れになることはない、そう思っていた。しかしそれは、余りに稚拙な考えだった。自分の愛した水瀬小百合は今、柴田小百合として自分の知らない人生を歩んでいる。 大切なものを失った悠人の傷は癒えず、これまで以上に人との関わりを避けるようになっていった。 人を大切に思えば思うほど、別れが来た時に心が壊れそうになる。その恐怖が彼を支配していた。 ならば初めから好きにならなければいい。そうすればもう二度と、あのような思いをすることはない。大丈夫、俺にはゲームもあれば、小説やアニメもある。空を見上げれば星もある。それらは決して、自分の前から消えたりしない。それだけで十分だ、そう思っていた。 時折感じる空虚感をごまかしながら、悠人は日々を生きていた。 * * * ある日。 帰宅ラッシュの満員電車から開放され、自宅へと足を運ぶ悠人の目に、鮮やかな夕焼けが映った。「きれいだな……」 自然と足が、近所の公園へと向いた。 ブランコに腰
沙耶〈さや〉の引っ越しから二週間が過ぎ、暦も3月から4月へと変わっていた。 新生活の季節。 悠人〈ゆうと〉は小鳥〈ことり〉の入学式に、保護者として同伴した。 小鳥の大学は、悠人の家から電車とバスで一時間ほどのところにある。 キャンパスで楽しそうに話している学生たちを見て、ここなら小鳥も楽しくやっていけるだろう、悠人はそう思った。 小百合〈さゆり〉は入学式にやってこなかった。 一人娘の入学式。顔を出すと思っていたのだが、小百合はなぜか一年前に携帯を解約していて、連絡が取れずにいた。 学生時代、悠人に携帯を持つよう言っていた彼女の心境の変化に、相変わらずマイペースなやつだなと悠人は思った。 小鳥の話だと、先日公衆電話から連絡があり、陸奥〈みちのく〉女一人旅を延長する、楽しくやってますと言っていたとのことだった。 初恋の相手である自分が悠人と会えば、きっと悠人の心は乱れてしまう。娘の恋を応援する親として、今悠人と会う訳にはいかない。ラスボスは最後に登場するものだから、との意味深なメッセージに、小百合らしいと苦笑した。 * * * 小鳥は沙耶と共に、バイトに勤しんでいた。沙耶と一緒に働くようになってから、小鳥は今まで以上に楽しい様子だった。 沙耶はと言えば、接客の方は相変わらずだが、バイトを始めて三日ほど経った頃には、商品の名前と値段、場所全てを記憶していた。 そして一日の店の売り上げ、売れ筋の商品や売れ残りなどをチェックし、店長山本に店の大幅なディスプレイ変更を申し出た。 最初は首をかしげていた山本だったが、理路整然とした客の流れや購買心理・商品の見せ方の説明に聞き入るようになり、その申し出に乗った。 翌日から、商品の売れ具合が激変した。これまで売れていた商品は勿論、売れなかった商品も次々と売れ、売り上げが一気に上がっていった。 更に沙耶は、客一人あたりの単価を上げる次の策として、商品によって、セットで買うと翌日から使える商品券の発行を提案した。例えば弁当と一緒にお茶を買うと50円の商品券
小鳥〈ことり〉は彼女に、昨晩から自分の身に起こっている変化を話した。 鉛筆を走らせながら、その女は黙って聞いていた。 * * *「なるほど……」 鉛筆を止め、コーヒーをひと口飲むと、その女は小鳥の顔を優しく見つめた。「可憐な乙女、悩むことはない。君は今、本当の恋をしてるんだよ」「本当の……恋……」「君は今まで、その悠兄〈ゆうにい〉ちゃんなる男性に憧れ、慕っていた。安らぎを感じていた。それは恐らく、家族から得られる安らぎに近い。君は彼を男としてでなく、兄や父に近い感情で見てきたんだと思う」「家族……」「しかし今、君は彼のことを考えると苦しくなる。きっと君は、彼を一人の男として意識し始めているんだよ」「人を愛するって、苦しいことなんですか?」「苦しみもある、と言った方がいいね。その人を思い浮かべるだけで、胸が締め付けられそうになる。でもそれは、幸せ故の苦しさなんだ」「……よく分かりません」「失いたくない、もっと自分を見てほしい。意識してほしい、愛してほしい。相手に求めるその気持ちは、自分だけではどうにもならない。相手の気持ちに入ることは出来ないからね。だから苦しむし、不安にもなる。 でもその苦しみがあるからこそ、相手をいたわり、大切にしようとする気持ちが育まれていく。お互いがそういう気持ちになったらどうだい? 最高の関係が築けると思わないかい?」「そう、ですね……はい、思います」「君は本当に素直だな。その素直な気持ち、大切にしてほしいと切に願うよ。君のような人種、今じゃ絶滅危惧種だからね」「褒められてます?」「ああ、褒めてるとも。で、だ。君のもうひとつの疑問も、今の話から答えが導き出される。 乙女。君は悠兄ちゃんを、男として意識するようになった。愛してほし
「遊兎〈ゆうと〉、遊兎……」「……」 耳元で声が聞こえる。「遊兎、大丈夫か遊兎。目を覚ますのだ」「……」 悠人〈ゆうと〉が目を開けると、間近に沙耶〈さや〉の顔があった。「沙耶、か……」「遊兎……泣いているのか」「え……」 頬に涙が伝っていた。 白く細い指で、沙耶がその涙を拭う。「哀しい夢でも見たか」 そう言って頭を優しく抱きしめる。「いいんだぞ遊兎。哀しい時は、泣いてもいいんだぞ」「沙耶……」 また悠人の目に、涙が溢れてきた。「……哀しい夢、だった……」「そうか……」「まだガキだったんだ……そんな言葉で誤魔化せたら、どんなに楽か……」「遊兎……」「やり直せるなら、もう一度あの時に……」「いいのだ……分かってる、分かってるぞ、遊兎……」 沙耶の声、甘い香りに。 心が少しずつ落ち着いていく。「……もう大丈夫だ。ありがとな、沙耶…………ん?」 悠人の頭が現実にシフトした。「……沙耶。ところでお前は、ここで何をしている」「些細なことは気にするな。私の腕の中で、傷ついた心を癒すがよい」 悠人の顔に、肌の感触が伝わってきた。 沙耶の生の胸だった。「うぎゃああああああああっ!」 悠人が飛び跳ねた。見ると沙耶は、全裸の上から昨日プレゼントしたダウンジャケットを着込んでいた。「な、な、な、沙耶! お前、その格好は!」「ん? ああこれか。いや、あまりにも着心地がよかったのでな、昨夜はこのまま眠ってしまったのだ。 遊兎、改めて礼を言うぞ。どうだ、似合うか?」 上機嫌な沙耶が悠人の目の前で立ち上がり、くるりと回った。裸エプロンの妄想はしたことがあったが、裸ジャケッ